医療における「消化器内科」と「消化器外科」は、同じ消化器という臓器を扱いながらも、その専門性やトレーニングの方向性が大きく異なります。例えば同じ魚を扱う職業でも、魚を釣る「漁師」が内科医、その魚を捌く「料理人」が外科医のようなイメージです。つまり、全く違う仕事内容になります。消化器外科の医師の中にも優れた技術を持ち「消化器内視鏡専門医」を取得されている方は多くいらっしゃいます。しかし、内視鏡を用いた「早期診断」や「切らない低侵襲治療」、そしてその後の「内科的持続管理」という一連の“内視鏡診療のサイクル”において、消化器内科医が極めて高度で包括的な専門性を発揮することは間違いありません。さらに消化管や肝胆膵(胆嚢や胆管、膵臓)を専門にしている消化器内科医は内視鏡診療において極めて高い技術が必要となる治療内視鏡を習得しています。ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)やERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造営)は治療技術だけでなく合併症管理など、高い内視鏡での専門性が要求されます。治療内視鏡を専門としている消化器内科医はこのような内視鏡診療の最も注意が必要な点を熟知しています。専門医制度と「時間の投資先」の違い医師がどの分野に時間を注ぎ、どのようなプロフェッショナルとして育つかは、所属する医局や専門医制度のカリキュラムに強く依存します。一般的に外科医が扱う内視鏡は正確な手術を実行するための「検査」としての要素が強くなります。一方、消化器内科医の内視鏡は「検査」だけでなく、「診断」、そして侵襲の少ない内視鏡「治療」へと診療の幅が広がっていきます。その分要求される技術も高く、技術の習得には長い修練期間が必要になります。消化器外科医のタイムライン消化器外科医の主戦場は「手術室」です。外科医は、進行したがんの切除、胃や腸の吻合(つなぎ合わせ)、開腹手術や腹腔鏡手術、ロボット手術(ダビンチなど)の技術を磨くために膨大な時間を投資します。 外科医にとって内視鏡は、「手術の前後で病変の位置を確認するツール」や「手術後の合併症がないかをチェックする手段」という位置づけになります。そのため日々の限られた時間の多くは、手術技術の向上や周術期(手術前後)の管理に割かれ、内視鏡はあくまで検査としての役割になる場合が多くなります。多くの消化器外科医は多忙なため、その検査を消化器内科医に依頼することがほとんどです。消化器内科医のタイムライン一方で、消化器内科医の主戦場は「内視鏡室」と「外来・病棟での薬物療法」です。 消化器内科医は、初期研修を終えた瞬間から、毎日のように何件、何十件もの胃カメラ・大腸カメラを握ります。わずか数ミリの初期病変を見落とさないための「観察眼」腸管を伸ばさずにスムーズにスコープを進める「挿入技術」拡大内視鏡や特殊光モードを駆使した「組織の微細構造の診断」これらに毎日100%の時間を投資し続けるため、内視鏡の「経験値の密度」において、必然的に圧倒的な差が生まれる構造になっています。消化器内科医にとって内視鏡は検査の手段だけではなく、診断のためのツールでもあります。さらに早期の胃がんや大腸がんを切除する高い技術の内視鏡的切除総胆管結石や膵臓がんなどによる黄疸に対する内視鏡的な減黄術閉塞して詰まった腸にステントを留置するレスキュー対応など内視鏡に「治療」としての役割を付与しているのが消化器内科の消化器内視鏡専門医です。「ミリ単位」でがんを見極める、圧倒的な診断・鑑別力内視鏡診療において、最も重要なのは「見つけること」と「その場で正しく診断すること」です。ここで消化器内科医の専門性が際立ちます。また体に負担をかけることなく切除することも消化器内科の専門性になります。例えば、大腸カメラで小さな病変が見つかった際、消化器内科医は単に「ポリープがある」と認識するだけでなく、以下のような思考を瞬時に、かつ脳内で網羅的に巡らせます。腺腫(良性だが将来がん化するもの)か、非腺腫(放置してよいもの)か早期がんであった場合、粘膜のどの深さ(粘膜下層のどのレベル)まで浸潤しているかこの場で内視鏡的に切除(ESDやEMRなど)が可能か、あるいは外科手術(お腹を切る治療)に回すべきか「メスを入れずに、内視鏡だけで安全に治療を完結できる境界線」をミリ単位で見極める能力は、毎日内視鏡と向き合い、顕微鏡レベルの病理結果と自身の内視鏡像を答え合わせし続けている消化器内科医だからこそ到達できる領域です。「痛ませない」を追求する、繊細な挿入技術と全身管理大腸カメラ検査は、患者様にとって「痛い」「辛い」というイメージが先行しやすい検査です。このハードルを下げるための技術構造にも、内科医ならではの特徴があります。消化器内科医が駆使する「軸保持短縮法」と呼ばれる挿入技術は、曲がりくねった大腸を押して進むのではなく、スコープを手前に引きながら腸を蛇腹のように折り畳み、直線化して進む技術です。 これには、指先の極めて繊細なトルク管理と、画面のわずかな動きから腸の走行を察知する三次元的なセンスが必要です。また、患者さんに完全にリラックスしていただくための「鎮静剤(麻酔)」の使い方についても、内科医は循環器や呼吸器、全身の代謝状態を考慮しながら、オーダーメイドで微調整するノウハウを持っています。特に内視鏡治療を専門にしている医師は長時間の鎮静剤の使用経験が豊富です。「ただ眠らせる」のではなく、「安全に、最も苦痛を抑えた状態で検査を終える」ためのトータルコーディネート力において、消化器内科医は非常に洗練されています。検査の先にある「内科的持続管理」という網羅性内視鏡検査の結果、発見されるのはがんやポリープだけではありません。 近年増加している「潰瘍性大腸炎」や「クローン病」などの炎症性腸疾患(IBD)、あるいは「虚血性大腸炎」「感染性腸炎」など、多くの場合は手術を必要としない、内科的な治療(お薬や食事療法)が主軸となる病気です。内科的アプローチ: 血便や腹痛などの症状から適切に内視鏡(大腸カメラ)の適応を判断します。その後、大腸カメラで腸の粘膜の炎症レベル(Mayoスコアなど)を正確に評価し、5-ASA製剤、ステロイド、免疫調節薬、さらには最新のバイオ製剤(生物学的製剤)の中から、患者様のライフスタイルに合わせた最適な薬物療法をその場で組み立て、5年、10年と長期にわたって外来で伴走し続けます。つまり、内視鏡を「単なる検査の道具」として捉えるのではなく、「現在の腸の状態を正しく把握し、明日からの内科治療の方向性を決めるための羅針盤」として活用できる点が、消化器内科医が内視鏡を担当する大きなメリットになります。最初に症状などの話を伺い、その後の検査、そして診断から続く治療まで一貫で担当できることが内科医の専門性になります。